プロフィール

 

 

1979年8月生まれ、しし座。

同い年の夫と、2歳の子供との3人暮らし。

 

子供の頃から常に生きにくさと

消えてしまいたい感覚を感じていました。

 

美に触れることで心地よく生きられることを見付けて

絵をよく描いていました。

 

高校生の頃からたまにメンタルの不調を感じていましたが

それなりに学校は卒業しました。

 

グラフィックデザインの専門学校へ進学。

 

グラフィックデザインの専門学校に進み、

学校生活に馴染んできた矢先の5月、

とても大好きで、心の支えになっていたアーティストが

突然亡くなり大ショック!

 

何を信じて生きれば良いのかわからなくなりました。

 

心の葛藤を処理しきれずに、クラスメイトとも

どう付き合って良いのかわからなくなりました。

 

 

 

球体関節人形との出会い。

 

その頃、専門学校の近くに

人形の展示をよくするギャラリーがあり

前を通りがかったら、ちょうど人形展をやっていました。

その時見た球体関節人形に衝撃を受けて、

人形を作り出しました。

 

それまでは、人間が苦手でしたが

人形作りは形から、人間を認めていく作業でした。

 

一つの筋肉の形や曲線、一つずつの骨・骨格、

丸みやくぼみ・・・

それらは、批判的な目で見ていては形にすることは出来ません。

 

なので、

一つ一つ、

人のカタチを認めて、褒めて、評価していく作業でした。

 

 

 

人形が教えてくれたこと。

 

肌の塗りの作業で、真っ白すぎると、

情緒のないのっぺりした肌になるため

敢えて「汚し」という作業をします。

「くすみ」を敢えてつけることで、味がある風合いと、存在感が出ます。

 

人形作りをすることで、人や自分の「カタチ」を認め

精神的にバランスを取っていました。

 

危ういバランスで生きていました。

 

専門学校のグラフィックの勉強は、いつも期限ギリギリに提出する

やる気のない

(どうやってやる気を出したらいいか分からなかった)

学生でした。

 

 

 

パタンナーの学校に進む。

 

人形のことしか頭に無かったので、人形の服(と自分の服)を

作れるようになりたくて、パタンナーの学校に進みます。

 

週二回通う学校だったので、人形作りと両立するつもりだったのですが

課題をこなすためにはかなり時間が必要で、

人形作りの時間が取れなくなってしまいました。

 

人形のために勉強しているのに、人形が作れない。

 

そして、意外とパタンナーの勉強が、自分の脳に合っていて

乾いたスポンジが水を吸うように知識が入っていく。

 

人生の中で、勉強が出来て、身について、出来るという感覚を

初めて味わいました。

 

とても仲のいい友達が二人出来ました。

クラスメイトとも、うまく付き合えていました。

 

でも、人形のためのこの学校なのに、

人形が作れない葛藤が強く

鬱状態になってしまいました。

 

 

 

 

精神科に通いだす。

 

それまで長い間、人形を作ったり、

絵を描いたりしてバランスを取っていたので

メンタルのバランスが取れなくなり、精神科の門を叩きます。

 

抗うつ薬と精神安定剤などを処方され、処方通りに使い出します。

 

少し、なんとかバランスを取れた感じになり

課題も仕上げて、一年ごとに卒業するスタイルの学校だったので

一応卒業出来ました。

 

クラスメイトは、次のクラスに進みましたが

私はちょっと休もうと思って、休養しました。

 

 

 

 

 

休養の日々…。

 

それからは、しばらくの間

寝てばかりの毎日でした。

 

特に何もすることが出来ず、トイレと食事とお風呂、

病院に行く時と、必要な買い物をするとき以外は

ずっと眠っていました。

 

少し起きていられるようになってから

母が洗濯物を干すのを眺めながら、父と母の結婚したての頃や

兄が幼かったときの話を聞くような

穏やかな時間がありました。

鬱になって寝込んで良かったと思うのは、

この時間を取れたことです。

 

両親は仕事で、いつも忙しく

このような穏やかな時間はそれまで存在しなかったのです。

 

 

 

 

人形作り再開。

 

少しずつ人形作りを再開し、生活リズムを整えていきます。

 

でも、調子が良くなったり、悪くなったりを

ずっと繰り返していて、なかなか改善しません。

 

そうこうしているうちに、何年も時間が経ってしまいました。

 

 

 

 

夫との出会いと、断薬・減薬の試み。

 

体を動かしたくて参加したフットサルのサークルで

今の夫と出会います。

 

薬は、初めから、あまり使いたくなかったのですが

増えたままずっと使い続けても良くならないので

ある時見切りをつけて、自己判断で断薬をしてみます。

 

意外にも、精神安定剤は簡単に減らせました。

 

しかし、効き目がはっきり言って有るのかないのか分からなかった

抗うつ薬が、減らすと非常に苦しいので

自力で止めることが難しく感じ、長く通っていたクリニックをやめて

別の病院に行きます。

 

その、やめようとすると非常に苦しい薬は、使い出した頃は

新薬として出たばかりで、何にでもよく効くともてはやされ

多用されたのですが、後に、若い人が使い続けると凶暴性が出たり、

その人本来でないおかしな行動をすることがあるというので

問題になっているということを教えてもらいました。

 

でも、急にやめるのも危険なので、他の薬でバランスをとりながら

徐々に減らしていくことになりました。

 

 

 

 

 

バイトが出来るように。

 

体調もよく、バイトを始められました。

 

長く付き合っていた彼氏と結婚することにして、

実家を出ました。

 

少しずつ薬の全体量が減らせて、

だんだん自分の本来の生命力や思考力が戻ってくるようでした。

 

結婚式前に少し薬が増えましたが、その後生活が落ち着くと

薬も減ってきていました。

 

 

 

 

初めの妊娠、中絶。薬って何なのだろう?

 

ある時、少し気を抜いたら、妊娠してしまいました。

 

催奇性の強い薬(抗てんかん薬)を使っていたので

中絶することにしました。

 

改めて、薬ってなんなのだろう?と思いました。

 

ずっと(10年以上)使っていても、思うように良くならないばかりか

危険なものなのだなと。

 

精神安定剤を使っているだけでも、生まれてきたベビーの

呼吸が安定せず大変なのだと、産婦人科のベテランナースが

教えてくれました。

 

使っている薬を問診票に書いたのに、

初めに産婦人科にかかった時の担当医師は

「大丈夫ですよ~」なんて、軽く言っていたのですけどね。

 

薬のこと、自分の身体のことを

医師任せ・他人任せにしていてはダメだと、

痛切に感じました。

 

 

春の、桜の花が美しく咲き乱れる頃、初めての妊娠は

自分の意思で終わりにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意外と順調に断薬。

 

妊娠がわかってから、かなり少なくなっていた薬を

全部すっぱりと止めました。

 

意外にも、特に苦しいこともなく、やめられました。

 

すんなり止められたのは、ちゃんと減薬してきたからなので

お医者さんには感謝しています。

 

改めて、子供をちゃんと迎えてあげたいと思いました。

 

 

 

 

 

娘ちゃん生まれる。

 

翌年には元気なベビーを迎えることができました。

 

 

 

しかし、かなりの難産で、自分の身体が思うようにならなくて

肉体への自信が揺らぎました。

 

妊娠中から直感力が強くなり、体質・肌質も敏感になりました。

 

自分の欲求(ワクワクすること)に従う、ということをやっていても

最後の最後でうまくいかない。

 

そしてその頃、

夫がステロイド性皮膚炎を拗らせて、

仕事を辞めて家にいたので

自分のことも、夫のことも、我が家のことも

どうしていいのか、もう手が思いつきませんでした。

 

その中でも、ベビーはちゃんと元気に生まれてきてくれて

育っていく。

 

 

でも、うち、どうするの?????

 

 

その答えを探しながら、初めての育児に奮闘していました。

 

 

 

 

「ヒーリング受けたい!」

 

育児疲れが出てきた頃、

「ヒーリングを受けたい」と思い

DNAアクティベーション

を受けてみます。

 

 

 

 

その時に、

アデプト・プログラム

を知り

「面白そう!」と思って、

夫と、首が座る前の娘ちゃんと一緒に

アデプトを受けたのでした。

 

 

 

 

アデプトのその後。

 

それからの変化の早いこと!!

 

この世界の仕組み、人生とは、人間とは?

 

その問いに、アデプト・プログラムは明確な答えをくれました。

 

アデプトでは、自分の聖域を作る方法も学べます。

 

アデプトを受けてから、娘がほとんど夜泣きしなくなりました。

 

夫の肌や体調も良くなってきて、前の仕事の経験を

フルに活かせる就職が決まりました。

 

 

 

 

アデプトで未来を開く。

 

アデプトを受けたら、すべて解決!というものではありません。

 

でも、鬱状態や、薬を使いながら悩みながら生きていた頃とは

比べものにならないくらい、メキメキと力が出て

現実も動いて、必要な出会いや学びがバンバン起こる。

 

やっと自分の人生が始まった感覚です。

 

私は、長く薬を使っていましたが、このように元気になれるので

若い方、学生の方がDNAアクティベーションやアデプト・プログラムを

受けられたら、どんなに未来が開けることかと思います。

 

私が20代の初めの頃。

鬱状態で悩み、精神科の門を叩いた時、

もしヒーリング・・・DNAアクティベーションやアデプトを

知ることができたら、どんなに良かったろうと思います。

 

 

 

 

ヒーラーとして生きる。

 

私自身も、我が家の成長も、まだまだこれからです。

 

でも、私は見切り発車でも、

この光を、DNAアクティベーションや、アデプト・プログラムを

伝えていきたいと思います。

 

 

必要とされる方に、光が届きますように。

 

 

愛を込めて。

 

 

 

MMS公認ヒーラー・直傳靈氣療法師

小峰 朋子